あーちゃん元気です。
今のところ後遺症も見つかっておらず、安堵に胸をなでおろしています。
終わってみれば、入院期間は1週間だったわけだけれど、体力のない小さな赤ちゃんが、いつ終わるかわからない高熱にうなされているその時間は本当に長く感じました。
出産まで36年間一度も入院したことなく、これといって大きな病気も怪我もなかったタカノは、まさか自分(というかあーちゃんだけど)に入院するほどの病が降りかかるなんて思ってもいなくて(あまい!)、特に生後3か月は母親から受け継いだ免疫で病気しないって聞いてたし、油断しまくりでした。
タカノ親子にとって初めての試練だった入院生活。記憶の新しいうちに記録しておこうと思います。
4月28日(土) 発病1日目
今から思い返せば、朝の目覚めから様子が違っていました。
朝はご機嫌なことが多いのにとても不機嫌で。 しかしさほど気にせずいつも通り授乳、朝寝。
採血の結果、 細菌感染率の値が若干高めと言われ、紹介状をもらって救急外来のあ る日赤病院へ向かいました。
検査の結果、 この月齢の赤ちゃんにとって最も危険とされる尿路感染、 髄膜炎の検査結果はシロ。しかしいつの間にか手と足先とおまたに赤い湿疹が。。。
やたら頼り甲斐がありそうな先生に、キッパリ入院を言い渡されちょっと動揺。検 査が終わる頃、何故か熱が37度1分に下がっていたため、 入院の必要あるのかな?と思いつつ、先生には、 一度熱が下がったとしても必ずあがる、 このまま帰宅して状況が悪くなることはあっても良くなることはな い、と断言され、言われるがまま入院することになりました。
まだ事の重大さを理解できていなかった頃の写真。
言われた通り、熱はどんどん上がっていきました。
4月29日(日) 発病2日目
その後熱は下がることはなく、常に38度台をキープ。
朝には昨日手、足先にあった湿疹が体中に広がっていました。
採血の結果、細菌感染率の値が昨日よりやや上昇しているが、数値は遅れて下がることもあるため、点滴中の抗生物質が効いてるかいないかは明日の結果を見てみないとわから ないとのこと。
ここで川崎病の可能性を初めて示唆されました。
先生からは、川崎病は判定に明らかな値などがあるわけではなく、 6つの症状のうち、5つに該当すると川崎病と認められるとの説明を受けました。
1.5日以上続く高熱。
2.手足の先が赤くなり、硬く腫れる(紅斑と硬性浮腫)。
回復期に指の先から皮がむける(膜様落屑)。
3.体に赤い発疹ができる(不定形発疹)。
4.目が赤くなる。
5.口唇が赤くなり、イチゴ舌、口腔粘膜が充血する。
6.首のリンパ節が腫れる。
ただ症状が5つ揃わなくても、不全型の川崎病もあるそうです。
この時点では3.の発疹と5.の唇が赤い点が該当。1.の 高熱は2日目なので様子見です。
川崎病は全身の血管に炎症が起こる病気で、4歳以下の子供、特に1歳前後の子供に多いそうです。治療法が確立されていなかった昔では命を落とすケースもあったようですが、現在は治療法が確立されています。ただ冠動脈障害という後遺症が残る危険をはらんでおり、調べている最中も、そんな有名な?こわい病気なわけがない、と気持ちでは否定していた気がします。
夕方から熱がさらに上がり、39度台へ。
小さな体でつらい状況に耐えているあーちゃんを見てると、 あーちゃんの将来に爪痕を残すような事態になったらどうしようと いう思いが始終頭から離れず、とにかく心配で常に涙腺ダムが決壊しそうでした。
何もできないのですが、 とりあえず何も見過ごすまいとじーーっとただただ見てました。 タカノは目が悪いので、 夜中もあーちゃんの様子がわかるように眼鏡かけて寝てました。
4月30日(月) 発病3日目
熱は39度台から下がらず。体中の赤斑がつながって、 もはや白い部分の面積の方が狭くなるほど体中真っ赤に。唇も赤いが、いちご舌の症状はなし。昼頃から白目が充血。川崎病の3つ目の症状が出てきました。
この頃には、いくつもの痛い検査や日に何度もされる鼻水吸引に泣き疲れたせいか、あーちゃんの泣き声がかすれてきており、それがまた痛々しかったです。
そして採血の結果、細菌感染率はまたも上昇。 投与していた抗生物質は髄膜炎などの強力な細菌に効く強いものに も関わらず、作用してないと判断されました。
この頃には、いくつもの痛い検査や日に何度もされる鼻水吸引に泣き疲れたせいか、あーちゃんの泣き声がかすれてきており、それがまた痛々しかったです。
そして採血の結果、細菌感染率はまたも上昇。
川崎病で最も恐れられるのは後遺症です。後遺症を残さないためには早めの治療が必要との判断から、川崎病の治療を開始することが説明されました。もうこの時は、高熱に苦しんでいるあーちゃんがかわいそうで、川崎病でなければいいと思っていたけれど、効果的な治療ができるのなら病名は何でもいいと思えました。
15時から免疫グロブリンという血液製剤の投与を開始。数時間後から、 熱は下がらないものの母乳の飲みが格段にアップ。ようやく快方に向かい始めたことを感じました。
15時から免疫グロブリンという血液製剤の投与を開始。数時間後から、
この夜、寧さんは自宅PCで明け方まで川崎病を調べていた様子。論文を5、 6個読んだそうで、 恐らくそんじょそこらの川崎病を専門としない医師より詳しくな ったに違いありません。もし現在投薬している薬が効かなかった場合はステロイド剤を使う、それも効かなかった場合は・・・などなどいくつものパターンについて翌日説明してくれました。『壁にぶつかったらその時考える』タイプのタカノは、用意周到な寧さんにただただ感心。
5月1日(火) 発病4日目
明け方熱を計るとほぼ平熱に!体中の赤斑も消えていました。
久しぶりにあーちゃんの笑顔が見られ、心底癒されました。
心臓のエコーをしてもらったところ瘤は見られず、ひと安心。 ただ発病1週間から10日後に瘤が見られるケースもあるそうで、100%安心するわけにはいかず、経過観察が必要とのことでした。
久しぶりにあーちゃんの笑顔が見られ、心底癒されました。
心臓のエコーをしてもらったところ瘤は見られず、ひと安心。
あーちゃんはひたすら眠り続けていて、血液凝固を予防するために処方された1日3回の飲み薬を飲ませるのも苦労するほど。高熱が出ている間はきっと眠りが浅かったんでしょう。熱が下がってようやくぐっすり眠れたのかも。
15時に免疫グロブリンの投与が無事終了。3〜 4割は投与により下がっていた熱が再発する可能性があると聞いていたので、慎重に様子を見守っていました。
5月2日(水) 発病5日目
唇と目はまだ赤いものの、熱は平熱、体の湿疹もなし。母乳の飲みも問題なし。
咳が出るのが気になるけれど、ご機嫌で笑顔がたくさん見られました。
5月3日(木) 発病6日目>
熱は平熱。白目はまだ充血が残っていますが、唇の赤みはひいてきました。咳はまた少し多くなったようでしたが、先生曰く、 おっぱいが吸えなかったり眠れないほどでなければ心配しなくてよ いとのこと。
明日の採血の結果で細菌感染率の下降が確認できれば明日のうちに退院 できると言われ一気にテンションアップ!
あーちゃんはいたって元気で、脇の下をこちょこちょすると笑うようになりました。
5月4日(金) 発病7日目
朝起きると、あーちゃんこんな恰好で寝てました。枕から完全に頭はみだしてるし。ハハ譲りの寝相悪さ(ー_ー;)
でも高熱で苦しんでいる間は、腕を体にぴったり沿わしたままじっと寝ていたことを考えると、ばんざい姿も、寝ながらこんなに動くことができるようになったこともうれしくて、思わず写真を撮ってしまいました。
採血の結果、細菌感染率は正常値より高いものの、下降が確認でき、念願の退院となりました。
1週間ぶりの我が家はいつも以上に落ち着いて、あーちゃんも心なしか嬉しそうでした。
実は5年前のこの日はタカノ家の結婚式。あーちゃんの退院と結婚式記念日のお祝いに、こんな日はビールが飲みたいところですが、授乳中なのでぐっと我慢して夜は微炭酸ジュースで乾杯!お持ち帰りお寿司で地味にお祝い。
初めてのコドモの病気がいきなり入院で面喰いましたが、楽観主義の自分を戒めるいい機会になった気がします。
しゃべれないあーちゃんの変化にもっと敏感になってあげないとなぁと、そして変化に気づいたときは、こんなもんか~じゃなくて慎重に考えてあげないとダメだなぁと、反省することができました。
始めに熱があることに気付けたのは、寧さんに熱を測ったら?と言われたからで、実は その前に、タカノもあーちゃんの様子がおかしいかな? とは思ったものの、おでこを触ってさほど熱く感じなかったので、 こんなもんか~で済ませていたのです。熱を測ったら? と言われ、おでこそんな熱くないよ、 と心の中でつぶやきつつ測ったら、しっかり発熱ラインに達していた のでした。 寧さんの一言がなかったら病院へ行くのはもっと遅くなってたはず 。反省。
つらいばっかりの入院生活でしたが、ひとつ収穫があるとしたら、 うるさい環境でねんねする練習ができたこと。 自宅は住宅街で静かだし、 あーちゃんが寝てる部屋でわざわざうるさくしたりはしないので、 神経質な子になっちゃうかな〜って思ってたんです。 できたらどこでもどんなうるさい中でも寝れる図太い子になってほ しいので、いいトレーニングになりました。
同室のなっちゃん(仮名) がギャン泣きする中、すやすやねんねのあーちゃん。 (音量に注意!)
同室のなっちゃん(仮名)
これがあーちゃんの最初で最後の入院記録となりますように。。。

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